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神話3 ヴァレンティノス派プトレマイオスの教説
エイレナイオス『異端反駁』より
■1.至高神「深淵」と三十柱のアイオーンたち

 この神話において、至高神は「原初」「原父」あるいは「深淵」と呼ばれ、彼と対をなすのは、「思考」「恩寵」「沈黙」と呼ばれる女性的神格である。至高神の「深淵」は「沈黙」の胎の内に種子を置き、「叡知」を生んだ。「叡知」は「独り子」「父」「万物のアルケー」とも呼ばれ、彼のみが至高神を把握しうるとされる。その女性的対は「真理」である。

 至高神の独り子である「叡知」は、伴侶である「真理」と共に「言葉」と「生命」を生み出し、「言葉」と「生命」はさらに「人間」と「教会」を生み出す。「言葉」と「生命」はさらに十柱のアイオーンたちを、「人間」と「教会」は十二柱のアイオーンたちを流出した。こうして、合計で三十柱の原初的アイオーンたちが成立したのであり、その末端に位置するのは、女性的位格の「ソフィア」である。このようにして、三十柱のアイオーンたちによって構成されるプレーローマ界が成立する。

■2.ソフィアの熱情

 先に述べたように、至高神を把握しうるのはその独り子である「叡知」のみであったが、その他のアイオーンたちもこれを把握したいとひそやかに憧れていた。その情熱が最も強かったのが「ソフィア」であり、ソフィアは自分の伴侶である「欲せられた者」との抱擁を放棄して、至高神への熱情にとりつかれた。彼女は父の測りがたさを知ろうとして苦悶に陥り、絶えず自分を前へ伸ばそうとした。しかしここで、プレーローマ界の秩序を管理していた「境界」が彼女を止めに入り、ソフィアはようやく我に返る。そして、その時生じた「思い」を、パトスと共に外に投げ捨てたのだった。

 ソフィアは「境界」の働きによって、プレーローマ界を構成する対へと復帰した。そして「独り子」は二度とこのようなことがないようにと、「キリスト」と「聖霊」という新たな対を流出して、至高神が把握しがたい者であることを宣告したのである。アイオーンたちは安息を受けて至高神を賛美し、その栄誉と栄光のために「救い主」たる「イエス」流出した。また、彼のための守護者として「天使」たちをも流出した。

■3.新約聖書のアレゴリー的解釈

 これまでに述べられたプレーローマ界の構成、また「ソフィア」の事件や「境界」の役割等について、新約聖書におけるさまざまな事跡とどのような関係にあるかが、アレゴリー的に解釈される。

■4.アカモートの誕生

 ソフィアが抱いた「思い」は、パトスと共にプレーローマ界の外に投げ出されたが、キリストはこれを憐れんだ。そして彼はこれに外形を与え、「アカモート」と呼ばれる神格を誕生させた(知恵を意味するヘブライ語「ホクマー」に由来する)。アカモートはプレーローマ界へ上ろうとしたが、その身にパトスを帯びていたために「境界」を突き破ることができなかった。これによって彼女は「悲しみ」や「恐れ」という感情に陥るとともに、自分を生かしたものへの「立ち帰り」をも心に抱いた。そして、アカモートの「感情」から物質が生成し、「立ち帰り」からこの世とデミウルゴスに属するすべての心魂が発生したのだった。

 アカモートは自らの苦難についてキリストに嘆願し、キリストはこれに応じてアカモートに「救い主」およびその守護者の天使たちを遣わした。救い主はアカモートからパトスを切り離した。またアカモートは、救い主と天使たちの美しさを見て発情し、その模像に従って霊的胎児を身ごもったのだった。

■5.デミウルゴスの誕生

 こうしてアカモートは、三種類のもの、すなわち「霊的なもの」、「心魂的なもの」、「物質的なもの」を自身から生み出すことになった。しかし、霊的なものは彼女と同質であり、これを自ら形づくることはできなかったので、アカモートは「心魂的なもの」からデミウルゴスを創造し、「物質的なもの」の父であり王とすることにしたのだった。

 デミウルゴスは心魂と物質を分離し、秩序づけることにより、世界を創造する。彼は七つの天(=惑星天)を構築してこの上に位置した。そしてアカモートは第八天(=恒星天)に住むことになった。

■6.無知なデミウルゴス

 こうしてデミウルゴスは可視的な世界を創造したが、彼はそれがアカモートに導かれて行なったものであるということを知らなかった。彼は「自分が作成したもののイデアにも、母そのものにも無知であり、自分だけがすべてであると思ったのである」。

 デミウルゴスは物質から泥的人間を造り、これに心魂を吹き込んだ。また、アカモートは、デミウルゴスが知らないうちに、天使たちを眺めて孕んだ「霊的胎児」を人間の中に据えつけたのだった。こうして、「物質」「心魂」「霊」によって構成された最初の人間が誕生した。

■7.人間の三つの要素について

 こうして人間は、「物質」「心魂」「霊」の三要素の混合体として作り上げられたのだが、その中で「心魂」は自律的なものと考えられており、「物質」と「霊」の中間に存在する。そして「心魂」は、「どちらかに傾きをなせばそちらの方へ行く」ものなのである。

■8.終末

 「霊的種子」が認識の獲得によって完成されるとき、アカモートは「中間の場所(=第八天)」を去ってプレーローマ界に入り、「救い主」と結婚するとされている。また、「霊的な人々」は心魂を脱ぎ捨てて「叡知的な霊」となり、プレーローマ界に入って、「天使たち」の花嫁となる。またデミウルゴスはアカモートのいた「中間の場所」に移動し、そこで安息を受ける。物質世界は発火して燃え尽くされ、無に帰るとされる。

■9.キリストの来臨についての釈義

 キリストは「水が管を通って流れるようにしてマリヤを通り抜け」、「洗礼の際に鳩の姿で」この世に来臨した。そして、キリストの霊はピラトの前に引き出されたときにはこの世を去っていたのだった。「十字架」上での出来事は、アカモートの嘆願に応じてキリストが「境界」を越えて到来した際の範型を示したものだとされる。また、デミウルゴスはキリストの来臨までは無知のままだったが、彼によってすべてのことを教えられた。そして、終末の際に自分は母たるアカモートの場所に上昇するということを認識した。

■10.再び、新約聖書のアレゴリー的解釈

 これまでに語られた世界創造やその終末の記述に基づいて、それが新約聖書でどのような語られているかを、アレゴリー的に解釈していく。
[出典]『ナグ・ハマディ文書Ⅰ 救済神話』
荒井献・大貫隆・小林稔・筒井賢治訳、岩波書店、1997年