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神話5 『アルコーンの本質』
『ナグ・ハマディ文書』より
■1.序文

 これから「支配者(アルコーン)たちの本質」について語るに際して、その意義が次のように述べられる。すなわち、「私たちの戦いは肉や血に対するものではなく、むしろ世の支配者たちと邪悪の霊力に対するものである」。

■2.盲目のサマエール

 世界のアルコーンたちとっての「大いなる者=サマエール(造物主)」は盲目であり、それ故に傲慢である。彼は次のように語る。「私こそが神であり、私の他には誰もいない」。こうして彼は、彼の上にいる者たちを侮辱するという罪を犯した。そのとき、「不滅性」のもとから次のような声が到来する。「サマエールよ、お前は誤っている」。こうしてサマエールは、彼の力──すなわち彼が口にした侮辱──を送り出すと、その後を追って、カオスなる深淵(質料世界)にまで下って行った。ピスティス・ソフィアは、その息子たちをそれぞれの力に応じて上なるアイオーンの像に似せて立て、下位世界を形成させた。

■3.「不滅性」の自己啓示とアダムの創造

 「不滅性」は下なる領域を眺め降ろした。両性具有のアルコーンたちは、水面に映ったその像を見て欲情するが、弱さのゆえにそれをつかむことができない。アルコーンたちは協議して、土の塵から人間を造り、「不滅性」がそれに近づいてくるようにと策略を立てる。彼らは、彼らの身体に似せて、また、水の中に現れた神の像に従って、一人の人間を造った。サマエールは人間に息を吹き込み、それによって人間は心魂的なものとなるが、彼はいまだ立ち上がることができない。アルコーンたちは上なる神を欺こうとしてこれらのことを行ったが、これらすべてのことは実は、「万物の父」の意志によって生じたものであった。父からの「霊」が「アダマンティネーの地」(堅固な地、の意)から到来し、それによって人間は生ける者となり、アダムと名づけられた。アルコーンたちは地のあらゆる獣と天の鳥を集め、アダムに名前をつけさせた。

■4.アダムの楽園への拘禁とエバの創造、「霊的な女」の到来

 アルコーンたちはアダムを拘束して楽園に閉じこめ、「善と悪の知識の樹から食べてはならない。食べる日に必ず死ぬだろうから」と告げた。次にアルコーンたちは、アダムの上に忘却をもたらし、アダムの脇腹を開いて、その肋骨を生ける女に変えた。そしてアダムの脇腹に、代わりの肉を詰めた。これによってアダムは心魂的なものとなってしまい、起き上がることができないが、「霊的な女」が到来し、アダムを立ち上がらせる。アダムは彼女を賛美した。

■5.アルコーンたちの強姦

 アルコーンたちは、アダムと「霊的な女」が話しているのを見たとき、彼女に対する恋情に陥った。アルコーンたちは彼女を追いかけて捕らえ、無理強いして一夜を共にしたが、アルコーンたちが捕らえたのは彼女の影(「肉の女」)であり、逆に自分たちを汚すことになってしまった。

■6.「霊的な女」が蛇になって行なう啓示と楽園追放

 霊的な女は、蛇の、とはすなわち教示者の姿で、アダムとエバのところにやってきた。そして、知識の木から取って食べても「決して死ぬことはない。なぜなら、彼がそうお前たちに命じたのも、妬んでいるからなのだ。むしろお前たちの目が開くことになるであろう。そして、お前たちは善と悪とを知る神々のようになるだろう」と啓示する。これを聞いて二人は、知識の木の実を取って食べ、自分たちが「霊的なもの」を剥がれて裸であることに気づいた。アルコーンたちは二人が知識の木の実を食べたのを知り、蛇を呪って、アダムとエバを楽園から追放した。それは、彼らが生活の労苦に追われて、聖霊に心を配る時間の余裕がないようにするためであった。

■7.カインとアベル

 創世記の記述とほぼ同一なので、割愛。

■8.セツとノーレアの誕生

 エバは、アベルの代わりに「もう一人の別の人間である」セツを生み、また、「いかなる権力も汚したことのない処女」と称されるノーレアを生んだ。

■9.洪水、ノア、ノーレア

 アルコーンたちは互いに相談し、「すべての肉なる者」を滅ぼすために洪水を起こすことに決める。もろもろの権力の頭領はノアに、方舟を作って洪水を逃れるように告げる。ノーレアも箱船に乗ろうとやってくるが、それを拒まれ、方舟に火をつけて燃やしてしまう。ノアは二隻目の方舟を作った。

■10.アルコーンたちがノーレアを襲う

 アルコーンたちはノーレアに、「お前の母のエバがわれわれのところへやって来た」と言って、ノーレアを欺こうとする。しかしノーレアはアルコーンたちに、「お前たちは闇のアルコーンである。お前たちは呪われている。お前たちが私の母を知ったということもない。むしろ、お前たちはお前たちの双生の似像を知ったにすぎない。なぜなら、私はお前たちの間から出た者ではなく、むしろ、上なる領域からやって来た者なのだから」。これを聞いてアルコーンたちは激怒し、黒い火のようになってノーレアに迫って言った。「お前は、お前の母エバのように、われわれの言いなりになるべきだ」。そしてノーレアは、聖なる方、万物の神に向かって叫んだ。「邪悪のアルコーンたちの手から私を助け出してください。今すぐ私を彼らの手から救い出してください」。

■11.エレレートの到来

 その声を聞いて、天使エレレートが到来する。それを見た邪悪なアルコーンたちは、彼女から遠ざかった。彼は言った。「私こそエレレートである。知恵であり、大いなる天使であり、聖霊の御前に立つ者である。私はお前と語って、お前をこれら不法な者たちの手から救い出すために遣わされたのだ。今、私はお前の根源について教えよう」。こうしてエレレートは、「アルコーンの本質」について語り始める。

■12.ピスティス・ソフィアの過失とサマエールの誕生

 上なる終わりなきアイオーンには、「不滅性」が住んでいる。ピスティス・ソフィアは、伴侶を持たないままに、ある業を遂げたいと欲した。上なる天と下なるアイオーンの間は一つのカーテンで仕切られており、ピスティス・ソフィアの誤った行いは下なるアイオーンの陰となって、そこに物質を生じさせた。そしてそれは、陰から形を受け取り、「ライオンに似た傲慢な獣(サマエール)」となる。

■13.サマエールの傲慢

 サマエールは高慢になって言った。「私こそが神である。私の他には何者も存在しない」と。すると、権威の高みからある声が届いて次のように告げる。「お前は誤っている、サマエールよ」。するとサマエールは、「もし私より先に他の者が存在するならば、その者は私の前に現れよ」と応じた。するとソフィアは、その指を伸ばして物質の中へ光をもたらし、混沌の領域にまでそれを追っていき、再び光へと帰昇した。

■14.サマエールの七人の子らとゾーエー

 サマエールは自分と同じように男女である七人の息子たちを造り出し、彼らに言った。「私こそは万物の神である」。すると、ピスティス・ソフィアの娘であるゾーエーが叫んでこう言った。「お前は間違っている、サクラス(愚かな者、の意)よ」。彼女は、その息をサマエールの顔に吹きつけた。するとその息は火のような天使となり、天使は彼をタルタロス(深淵の底)へと投げ捨てた。

■15.サバオートの即位とヤルダバオートの嫉妬

 サマエールの息子の一人であったサバオートは、天使の力を見て悔い改め、彼の父と母──すなわち物質──のことを謗った。そしてソフィアとゾーエーに賛美を献げると、ソフィアとゾーエーはそれに応えて彼を引き上げ、第七の天に据えた。彼は混沌の諸力の上に君臨しているために、「諸力の神」サバオートと呼ばれるようになった。彼は自分ために、四つの顔をしたケルビムからなる一つの大きな車を造った。そしてソフィアは、彼の右にゾーエーを、左に怒りの天使を据えた。ヤルダバオート(サマエール)は息子がこのような栄光を受けたのを見て、これを妬んだ。その妬みは一つの男女(おめ)なる業となり、嫉妬の始めとなった。彼は、息子をそれぞれの天に据え、混沌のすべての天が息子たちの数で満たされることになった。

■16.救いの約束

 こうして、「アルコーンの本質」について語り終えたエレレートに対して、ノーレアは「主よ、私自身も物質に属するものではないでしょうか」と問いかける。これに対してエレレートは、「お前の魂は天の領域から、不滅の光からやって来た」と答え、アルコーンたちの支配からノーレアたちを解放する「種子」は三世代の後に現れる、と予言する。その時には、「真理の霊」はあらゆることについて教え、「王なき世代」から与えられた「永遠の生命」によって彼らを塗油する。アルコーンたちは踏みにじられて滅ぼされ、塗油された者たちは無窮の光へと昇っていくのである。
[出典]『ナグ・ハマディ文書Ⅰ 救済神話』
荒井献・大貫隆・小林稔・筒井賢治訳、岩波書店、1997年