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神話8 シモン派の教説
エイレナイオス『異端反駁』より
■1.魔術師シモン

 エイレナイオスの報告によれば、シモンはサマリヤの「魔術師」であり、その事跡は『使徒行伝』第八章に記されている。「彼は魔術を行ってサマリヤの人々を驚かし、自分をさも偉大な者であるかのように広言していた。それで、小さい者から大きい者まで、皆は彼に気を留めて、「これこそは大いなる神の力である」と言った。彼らが彼を尊重したのは、その魔術によって長い間操られていたからであった」。やがて使徒たちが訪れ、聖霊の力によって人々を癒し始めたが、シモンはそれが聖霊によるものではなく魔術によるものであると考え、その力を金で買おうとしたのだった。彼はその行為をペテロによって激しく諫められたが、ついに信仰を持つには到らず、魔術の技法をさらに磨き上げ、多くの人々を欺きつづけた。ある場所では彼は、その魔術の力によって神と見なされ、彫像によってその栄光を讃えられてさえいると言う。すべての異端的宗派は、このサマリヤのシモンに由来しているのである。

 シモンは、フェニキアの都市ティルスで奴隷から身請けした、ヘレネーと呼ばれる女性を常に伴っていた。彼によればヘレネーは、神の「最初の思考(エンノイア)」であり、「万物の母」なのである。以降では、シモンとヘレネーの邂逅がどのような背景を持っているのかについて、宇宙論的な物語が展開される。

■2.世界の創造

 至高神は始めに、自らの「最初の思考(エンノイア)」を通して、天使たちと天使長たちを造り出そうと考えた。ところがエンノイアは、至高神の意志を知ったために、彼のもとから飛び出して下方の領域へと降りていき、天使たちと諸力を自ら生み出した。この世界は、これらの勢力によって作り上げられたのである。

■3.天使たちの嫉妬

 こうして世界は、エンノイアによって生み出された天使たちの手によって創造された。しかし世界が創造された後、天使たちはエンノイアに対して嫉妬の感情を抱くようになった。なぜなら彼らは、自分たちが何者かの手によって生み出されたものであるということを認めたくなかったからである。天使たちはエンノイアを引きずり下ろし、世界に拘留してしまった。

■4.エンノイア=ヘレネーの受難

 エンノイアは、今や世界を支配する悪しき天使たちからあらゆる種類の凌辱を被り、そのために父なる至高神のもとに帰ることができなかった。「彼女は人間の肉体にさえ閉じこめられ、幾世代にもわたって、器から器へと移るように、さまざまな女の肉体から肉体へと移っていったのである」。例えば、トロイア戦争を引き起こす原因となったヘレネーもまた、エンノイアの化身の一つであるとされる。彼女は凌辱にさらされながら肉体から肉体へと移っていき、ついには売春婦へと身を落としたのである。

■5.救済者=シモンの到来

 地上のこのような有り様を知った神は、何よりエンノイアをその奴隷状態から取り戻すために、そして真の神の存在について知らしめることによって人間たちを救済するために、自ら世界に降り立つことを決意する。彼は、世界を支配する悪しき天使たちや諸々の勢力に気づかれないようにするため、彼らの姿へと変容してこの世に到来した。神はまた、人間たちの間ではあたかも人間であるかのような姿を纏ったのである。

■6.シモンの宣教

 人間となった神は、ユダヤの地で受難したと考えられているが、しかしこれは真実ではない。預言者たちは、世界を創造した天使たちから霊感を受けて予言を行ってきたため、今やその言葉は信を置くに値しないのである。救済者であるシモンと、その伴侶ヘレネーを信じる者は解放され、欲するままに生きることができる。人間たちが救済されるのは、彼(シモン)の恩寵によってであって、彼ら自身の義なる行為によってではない。なぜなら、そのような行為はその本性において義なのではなく、世界を創造した天使たちが制定し、それによって人間たちを拘束するに至った、諸々の戒律に基づくものだからである。救済者であるシモンは、世界が解体されるべきであること、そして世界を創造した者たちが定めた戒律から自由になるべきであることを教えた。
[出典]The Writings of Irenaeus Vol.1
Translated by Alexander Roberts and W. H. Rambaut, Edinburgh: T&T Clark, 1910