トップページ に戻る グノーシスの神話 に戻る
神話13 『アダムの黙示録』
『ナグ・ハマディ文書』より
■1.序文

本文書は「アダムが息子のセツに七百歳の時に教えた黙示」であるとされ、アダムからセツへの語りかけというスタイルが採られている。

■2.アダムとエバ

 神が土からアダムとエバを創造したとき、彼らは栄光のうちに歩んでいた。その栄光は、上なるアイオーン(プレーローマ界)に由来するものであり、エバはアダムに、永遠なる神についての認識の言葉を教えた。彼らはその栄光と認識のゆえに、「大いなる永遠の天使たち」に等しい存在であり、造物主やその他のアルコーンたちよりも高貴な存在であった。

 しかしそのことを知った造物主は、アダムとエバに対して怒りを向け、彼らを分けてしまった。そしてそれによって、彼らの中に息づいていた栄光と認識は、彼らから離れ去ってしまったのである。眠り込むアダムに対し、真実の神は彼を目覚めさせようとするが、造物主はアダムに次のように告げる。「お前たちは知らないのか。私こそがお前たちを造った神であることを。私こそがお前たちに命の霊を吹き込んで、活ける魂とした者であることを」。するとアダムの目の上には暗黒が降りてきて、死を運命づけられた存在となり、そして人間は恐れと隷属のうちに造物主に仕えるようになったのである。

■3.洪水

 地上に増え始めた人間の種族たちを見た造物主は、洪水を引き起こして彼らを滅ぼそうとする。これに対して「大いなる天使たち」は、人間たちを救い出すために高い雲に乗ってやって来る。選ばれた種族は「霊の在る場所」へと救い出されるが、肉なる者たちは洪水によって地上から一掃されてしまう。

 その光景を見て怒りを和らげた造物主は、地に住まう人間たちの中から、ノアの一族とその家畜たちを救い出すことに決める。造物主は箱船を用いて洪水からノアたちを守り、彼らに地上の支配権を与えることを約束したのである。しかしそのとき、「大いなる天使たち」によって救われた者たちが、再び地上へと降りてくる。これを見た造物主は、「何ゆえお前は私が命じておいたことから外れてしまったのか。お前が今や別の種族を造りだしたのは、私の能力を貶めるためなのか」とノアを告発する。これに対してノアは、これらの種族が自分たちに由来する者ではないということを弁明する。

■4.セム・ハム・ヤペテ

 ノアはすべての土地を、彼の息子たちであるセム・ハム・ヤペテに分け与える。そしてノアは息子たちに、生涯のすべての日に渡って土地に仕えること、また、万物の支配者である造物主を崇拝することを命じる。彼らはノアの言葉に対して「すべての子孫があなたと万物の支配者である神から離れてゆくことはないでしょう」と応じ、恭順の意を示すが、しかしその子孫の中にはすでに、ノアに由来する者たちではない四十万人の者たちが含まれていた。ノアの息子たちは十二の王国を形作ると共に、造物主に対して彼らの存在を告発し、「彼らはあなたの力とあなたの手が揮う支配のあらゆる栄光を覆してしまった。彼らはあなたに属する無数の民をことごとく蔑ろにしてしまった」と訴えた。

■5.火による迫害

 ノアの息子たちの訴えを受けた造物主は、四十万人の者たちが住む土地へとやってきて、火と硫黄と瀝青を投げつけ、彼らを迫害する。しかしそのとき、彼らの上に別の光の雲が大いなるアイオーン(プレーローマ界)から降下し、「アブラサクス」と「サブロー」と「ガマリエル」が、人間たちを火の中から救い出す。

■6.「光り輝く者」の到来

次に、プレーローマ界から「光り輝く者」が到来する。彼は、「死せる大地から生じてきた」者たち(造物主の支配下にある者たち)を死に至らしめると共に、「神についての認識を心の中に抱く者たち」を救済するのである。アルコーンたちは彼に対して激しい怒りを燃やし、彼の肉体を撃つ。しかし「光り輝く者」は徴と奇跡を行って、アルコーンたちを辱めるのである。アルコーンたちは動揺し、「われわれよりも高いこの人間の力は一体何なのか」、「これは一体どこからやってきたのか」と問い尋ねる。

■7.「光り輝く者」の由来に関する諸説

 「光り輝く者」とは何者かという疑問に対して、十二の王国の者たちは、その由来についてそれぞれ解答を試みる。ここでは、旧約や外典文書、ギリシャ神話等からモチーフが抽出され、救済者の多様な誕生譚が物語られる。しかしその後、神的種族である「王なき種族」が、彼の正体と役割についてもっとも正しい説を語る。「(真の)神こそが、あらゆるアイオーンの中から彼を選んだ。(真の)神こそが、真理の汚されざる方についての認識を彼の中に生じさせたのである。彼は言った、『大いなる光り輝く者が別種の霊気から、大いなるアイオーンから到来して、自分のために選び出してあった人間の種族を光り輝かせた。それは彼らがアイオーン全体の上に輝くためであった』」。

■8.真理の開示

 諸々の民は大声を上げて叫び、これまでの自分たちが誤っていたことを告白する。そして、自分たちの魂が死に至るものであるのに対し、真理の認識によって真の神を知った者たちが永遠に生きるということを、称賛と共に認めるのである。そのとき、一つの声が彼らに届き、これまでの洗礼の業が汚れたものであったこと、また、真の神の言葉はこれまで文字に書かれてこなかった秘義的なものであるということを告げる。

■9.結び

 以上の事柄が、アダムが彼の息子セツに啓示し、セツが彼の子孫に教えた黙示である。それは隠された「認識」であると同時に、永遠の認識を獲得した者たちのための聖なる「洗礼」のことなのである。
[出典]『ナグ・ハマディ文書Ⅳ 黙示録』
荒井献・大貫隆・小林稔・筒井賢治訳、岩波書店、1998年