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神話19 『真理の福音』
『ナグ・ハマディ文書』より
■1.父から「プラネー」が流出する

 世界に存在するすべてのものは、「真理の父」に由来する。しかし父は、把握できない者、考えることができない者、あらゆる思考を超えた者であるため、誰も父について知ることができず、そこから父に対する無知、不安、恐怖が芽生えた。そして、不安が霧のように濃くなったとき、「プラネー(迷い)」が力を得ることになった。プラネーは物質に働きかけ、真理の代替物を作り上げたが、彼女は実は真理については知らなかったため、その作り物は虚しかった。

■2.イエスによる啓示

 プラネーの作り上げた世界に閉じ込められた「完全なる者たち」を父は憐れみ、イエス・キリストを派遣して、彼らに福音を知らせることにした。するとプラネーは、イエスに対して怒り、彼を迫害して、十字架に付けて殺害してしまった。しかしながら、イエスが自らを死に至るまで低めたとき、永遠の生命がもたらされることになった。というのは、キリストは父から「活ける者たちの書」を着せられており、彼はその書を十字架上で掲げたからである。

■3.「活ける者たちの書」とは

 「活ける者たちの書」には、教えを受けるであろう人々の名が記されている。彼らは自分の名が呼ばれたことに気づき、父の方へと向きを変え(回心し)、父のもとへと上昇してゆく。彼らは酔いから醒めた者のように、自分自身を知るのである。
 その書物は、「真理の文字」によって記されている。真理の文字は、人がそれを読んで虚しいことを考えるような、「音の文字(母音)」でも「音を欠く文字(子音)」でもない。それは父によって書かれた、それを認識する者だけが語ることのできる文字である。

■4.言葉への賛歌

 ここで、父の存在を表す「言葉」への賛歌が挿入される。その内容は次の通り。

 「父の知恵が言葉を瞑想し、父の教えが言葉を語ると、彼の知識がそれを啓示した。
 彼の栄誉がその上の冠、彼の喜びがそれに和し、彼の栄光がそれを高め、
 彼の像がそれを啓示し、彼の安息がそれを自らのもとに受け入れ、
 彼の愛がそのなかで体となり、彼の信頼がそれを抱いた。
 こうして、父の言葉が万物のなかに出て行く、彼の心の果実として、彼の思いの顔として。
 言葉は万物を支え、彼らを選び、万物の顔を受け入れ、彼らを清め、
 彼らを父へと、母へと、帰らせる──限りなく甘美なイエスが。」

■5.父の顕現と終末

 子や聖霊の働きによって父の存在が明らかにされると、アイオーンたちは彼を知り、父を探して苦労することを止め、それぞれの場所で安息を得る。他方で物質的な世界は、光が現れると闇が消え去ってしまうように、完全に消え去ってしまう。また、その世界に住まう「根のない者たち」も、自ら滅びてしまうことになる。彼らは恐怖や幻想や混乱のなかに生きているが、それらが光によって照らされると、実は自分自身が無であったことを知るのである。

■6.父のもとへの帰還

 真理を求める善なる者たちは、「迷い」に支配された世界を離れ、父のもとに帰還しなければならない。そのための方法として、父の発する甘い香りを自らに引き寄せることや、父の憐れみである塗油によって自らを満たすことの必要性が語られる。
 なかでも強調されるのは、子を通して父の名を受け取ることである。父はあくまで秘義的な存在であり、その名が直接語られることはないが、それは子によって発音され、顕わなものとなる。
 父のもとに帰還した者たちは、それぞれに安息の場所を与えられる。彼らは自ら父の子らとなり、父からの愛を注がれるのである。





[出典]『ナグ・ハマディ文書Ⅱ 福音書』
荒井献・大貫隆・小林稔・筒井賢治訳、岩波書店、1998年