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10.08.03 島田裕巳批判
■島田裕巳が相変わらず理屈の通らない妄言を垂れ流しているのを目にし、深くため息を吐く。 http://bit.ly/bz8xMF 大手企業であるイオンが、読経料や戒名料を含む葬儀代を明示した葬式プランを始めたのに対し、「イオンのやり方は根本的に間違っている!」と島田は主張する。

■しかしイオンのHPを見る限りでは、私にはイオンのやろうとしていることが、そもそもそれほど革新的であるとは思えない。これまで各葬儀会社がやってきたことを、イオンという大企業が透明で大規模なやり方で行い、よりリーズナブルなプランを提供する、というだけのことに思える。

■これに対して島田は、イオンのやり方は仏教的な布施のあり方を無視し、葬式を「資本の論理」で捉えているがゆえに、根本的に誤っていると主張する。

■しかし、葬式や死後戒名が本来は仏教の教義に基礎を持たず、ゆえに僧侶に戒名料を払うのは「もったいない」という葬式仏教批判を繰り返してきた島田の主張に、そもそも「資本の論理」を越えるような理屈などあったのだろうか。

■繰り返しになるが、私の考えでは、現代の葬式問題について宗教学者が行える仕事は二つある。その一つは、葬式がこれまでの人間の社会においてどのような位置を占めてきたかを明らかにすること。

■そして、近代以前の社会においてもっとも「公」的な事柄であった葬式が、なぜ近代においては「私」事に貶められることになったのか、その理由と問題点を明らかにするという理論的な仕事である。

■二つ目は、より実践的な仕事。近代の社会で葬式が「私事」に貶められることによって問題を生んでいるのであれば、どうすれば再び葬式を「公」的なものにすることができるのかを考案することである。最低限このような論理的ステップを採らない限り、まともな葬式論などあり得ないだろう。