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宗教や思想について再考するための30冊 (リブロ池袋本店・2013年7月16日~/修正版)

[政治学]
・福田歓一『政治学史』東京大学出版会、1985年

宗教と政治は本来、社会統治を目的とした技術として、相互に不可分の関係を持つ。本書は、丸山眞男と並ぶ日本の政治学の碩学による、ヨーロッパ政治思想の卓越した通史。概論的な著作である同著者の『近代の政治思想』(岩波新書)から入るのも良い。


・笹倉秀夫『法思想史講義』(上下巻)東京大学出版会、2007年

福田歓一『政治学史』を継承・発展させた、ヨーロッパ法思想史の金字塔。マルクスやウェーバー、ポストモダニズムなど、近現代の諸思想に対する記述も、簡にして要を得ている。

・ハナ・アーレント『全体主義の起原』(全三巻、新装版)
 みすず書房、1981年


群衆はどのような心理的・社会的メカニズムによって、ナチズムを支持するに至ったのか。政治思想史の古典の一書。邦訳では全三巻だが、最後の三巻のみを独立して読むこともできる。入門書として、仲正昌樹『今こそアーレントを読み直す』(講談社現代新書)もお薦め。

・中野雄『丸山眞男 音楽の対話』文春新書、1999年

クラシック音楽にまつわる個人的交流を通して、戦後を代表する思想家・丸山眞男の素顔を描き出す。氏の闊達な知性と、静謐な内省の明暗が印象的。姉妹編に『丸山眞男人生の対話』(文春新書)がある。

・丸山真男『「文明論之概略」を読む』(上中下巻)
 岩波新書、1986年

編集者を対象に行われた、内輪向けの講義を記録したもの。福沢諭吉の『文明論之概略』に対する注釈を基軸に、ヨーロッパにおける近代の原理の創出と、日本におけるその受容について縦横無尽に論じる様は、圧巻の一語に尽きる。

・フランシス・フクヤマ『歴史の終わり』(上下巻、新装版)
 三笠書房、2005年

一九九二年に公刊されてベストセラーになり、その際には一過性のブームに流された感があるが、ヘーゲル的な近代主義に立脚した、至極真っ当な思想書。今でも十分に読む価値がある。ヘーゲルの入門書としては、金子武蔵『ヘーゲルの精神現象学』(ちくま学芸文庫)が秀逸。

[精神医学]
・アンリ・エレンベルガー『無意識の発見──力動精神医学発達史』
 (上下巻)弘文堂、1980年


中世末期の悪魔祓いから、メスメルの催眠術、シャルコー、ジャネ、フロイト、ユングへと続く、近代精神医学の通史。大著だが、興味深いエピソードと鋭利な指摘に富み、最初から最後まで興味深く読める。メスメルとフロイトの他、メリー・ベーカー=エディ(クリスチャン・サイエンスの創始者)の生涯を描いた、シュテファン・ツヴァイク『精神による治療』(みすず書房)も面白い。


・なだいなだ『こころの底に見えたもの』ちくまプリマー新書、
 2005年


先頃逝去した精神科医・作家による、近代精神医学の発端を描いた入門書。メスメルやシャルコー、そしてフロイトが直面したヒステリーの有り様を、社会史的な視点から再考する。同著者の『神、この人間的なもの』(岩波新書)も示唆に富む内容。

・小此木啓吾『対象喪失──悲しむということ』中公新書、1979年

日本における精神分析学の第一人者であった著者が、フロイトの「悲哀の仕事」という概念を中心に、愛する者を喪失した心理のメカニズムについて論じる。東日本大震災を契機として、その価値があらためて見直された一書。

・ジュディス・ハーマン『心的外傷と回復〈増補版〉』みすず書房、
 1999年


幼少時の性的虐待、戦争、DVなど、トラウマが人格に与える影響とその回復について扱った記念碑的著作。同書に対する批判的見解を示したE・F・ロフタス『抑圧された記憶の神話』(誠信書房)を併読するとなお良。

・柴山雅俊『解離性障害──「うしろに誰かいる」の精神病理』
 ちくま新書、2007年


長い歴史において「ヒステリー」と呼ばれてきた病は、現代において「解離性障害」と名称変更され、新たな視点から研究が進められている。「霊感」や「霊能力」、「神秘体験」の正体を探る上でも、参考になる書物。同じく解離性障害の研究に立脚した書物である岡野憲一郎『心のマルチ・ネットワーク──脳と心の多重理論』(講談社現代新書)も、興味深い心のモデルを提示している。

[現代社会と宗教]
・米本和広『新装版 洗脳の楽園──ヤマギシ会という悲劇』
 情報センター出版局、2007年


農業ユートピアの実現を目指すヤマギシ会の実態を暴いたルポ。「特別講習研鑽会」において生じる意識変容に関する描写が、鮮烈で衝撃的。神秘体験を「解離」という視点から考察した部分も示唆に富む。日本における自己啓発セミナーの歴史を扱った福本博文『心をあやつる男たち』)、数々の企業に潜むカルト的体質を暴露した斎藤貴男『カルト資本主義』(共に文春文庫)を併せて読むと理解が深まる。


・米本和広『我らの不快な隣人──統一教会から「救出」された
 ある女性信者の悲劇』情報センター出版局、2008年


統一協会の信者に対してしばしば行われている、「拉致監禁」による強制改宗の問題性を扱った書物。「カルト」という対象を扱う際の難しさが浮き彫りにされる。大学における「カルト対策」の問題点については室生忠『大学の宗教迫害』(日新報道)が、「洗脳と脱洗脳」については岡田尊司『マインド・コントロール』(文藝春秋)が参考になる。

・横山茂雄『聖別された肉体──オカルト人種論とナチズム』
 書肆風の薔薇、1990年


ブラヴァツキーに始まる神智学とアーリア人種至上主義の融合によって生まれた「アリオゾフィ」の研究書。情報量が非常に豊富なため、やや難解だが、オカルティズムの魅力と危険性を描き出した貴重な一冊。

・上田紀行『スリランカの悪魔祓い』講談社文庫、2010年

『生きる意味』(岩波新書)で知られる著者による、若き日のフィールドワーク体験に基づいた思索の書。プリミティブな社会において、人々はどのような方法で病から癒やされてゆくのか。現代社会の閉塞の有り様を逆照射する一書。

・シオラン『シオラン対談集』法政大学出版局、1998年

ルーマニアの孤高な思想家のインタビュー集。苛烈なアフォリズムで知られる著者だが、生身のシオランは、ユーモアと含羞と哀感に溢れた魅力的な人物であることが感じられる。心に沁みる言葉の数々。

[宗教・思想の歴史]
・加地伸行『儒教とは何か』中公新書、1990年

長い伝統を有する儒教の歴史、なかでも、「原儒」と呼ばれるシャーマン的存在について詳しく論じられる。人の死を弔うことには、そもそもどのような意味があるのか。また、儒教はどのような仕方で発展を遂げていったのか。現代に通ずる問題を考える上でも、多くの示唆が得られる。


・長谷川三千子『バベルの謎──ヤハウィストの冒険』
 中公文庫、2007年


現在の聖書学において『創世記』は、複数の資料の組み合わせから成り立つと考えられており、そのなかで「ヤハウェ資料」と呼ばれる文書に秘められた思想を探究する。著者は聖書学の専門家ではないが、強靱な思索力でスリリングな考察を展開している。

・木田元『反哲学史』講談社学術文庫、2000年

形而上学と反-形而上学の相克から描き出される、ヨーロッパ哲学の通史。ハイデガー思想の最良の部分を抽出し、平明な哲学史として展開することに成功している。同著者の『ハイデガーの思想』(岩波新書)も読みやすい。

・田川建三『書物としての新約聖書』勁草書房、1997年

鋭敏な知性を持つ聖書学者による、新約聖書全般にわたる解説。重厚な書物だが、この一冊を読めば、現在の新約聖書学の全体像を見渡すことができる。同著者の代表作『イエスという男』(作品社)も、力強く面白い書物。

・E・H・カントーロヴィチ『王の二つの身体──中世政治神学研究』
 (上下巻)ちくま学芸文庫、2003年


「キリストの身体」という神学的概念が、中世の王権論を経て、国家や法人といった近代の諸制度に移入される過程を論じる。仰ぎ見るべき高峰と称しうる著作だが、キリスト教のアクチュアリティを理解するためには、避けて通れない一冊。

・菊池良生『戦うハプスブルク家──近代の序章としての三十年戦争』
 講談社現代新書、1995年


「政教分離」を始めとする近代の諸原則は、カトリックとプロテスタントのあいだの血なまぐさい宗教戦争の上に築かれた。本書は、一七世紀前半に起こった最大の宗教戦争である三十年戦争の経緯を、平明に叙述している。

・アイザイア・バーリン『バーリン ロマン主義講義』
 岩波モダンクラシックス、2010年


カントに代表される近代の認識論によって確立された「人間理性」が、その副産物として、「理性の外部」を希求する諸思潮=ロマン主義を生み出したことが論じられる。訳文がやや生硬だが、論旨は明快。同著者の『北方の博士 J.G.ハーマン』(みすず書房)の併読を推奨。

・ノーマン・コーン『ユダヤ人世界征服プロトコル』
 ダイナミックセラーズ出版、2007年


ナチスのホロコーストを引き起こす切っ掛けとなった偽書「シオン賢者の議定書」の成立経緯を、『千年王国の追求』で知られる歴史家が論じた先駆的著作。陰謀論の本のような装丁には問題があるが、優れた研究書の一つ。

[文学・小説]
・佐藤賢一『カルチェ・ラタン』集英社文庫、2003年

宗教改革期のパリ大学を舞台に、神学僧ミシェルの推理劇を描く。イグナチウス・ロヨラやカルヴァンも登場。同著者の『王妃の離婚』や『オクシタニア』(共に集英社文庫)も、キリスト教史の知識が豊富に盛り込まれており、面白く読める。


・イヴァシュキェヴィッチ『尼僧ヨアンナ』岩波文庫、1997年

一七世紀前半、フランスの地方都市ルーダンの女子修道院で起こった「悪魔憑き事件」を翻案して作られた小説。事件を巡る神学的駆け引きが、丁寧な筆致で描かれる。同名の映画が製作された他、『エクソシスト』の元ネタの一つにもなった作品。

・オルダス・ハクスリー『すばらしい新世界』
 光文社古典新訳文庫、2013年


生殖・階級・文化など、あらゆる事柄が機械的に人工管理され、人類の悩みは「ソーマ」という薬物によって根絶される世界──いわゆる「ディストピア」小説の草分けの一書。これはこれで幸せなのではないか、と思わせられるところが、一層恐ろしい。

・三島由紀夫『英霊の聲 オリジナル版』河出文庫、2005年

二・二六事件や神風特攻隊の兵士であった英霊たちの荒魂が、美少年の霊媒に憑依し、「などてすめらぎ(天皇)は人となりたまいし」という激しい呪詛の言葉を絶叫する。三島晩年の心境をリアルに触知させる問題作。

・山本弘『神は沈黙せず』(上下巻)角川文庫、2006年

「と学会」の会長としても知られる著者の、代表的SF小説。宇宙人・怪獣・超能力など、さまざまなオカルトネタが豊富に展開され、それらを現出させるメカニズムとして、大胆な仮説が提示される。数多のトンデモ本をはるかに超脱した(?)傑作。人類を凌駕する知的生命体となった「AI」との交流を描く『アイの物語』(角川文庫)も感動的な作品。

・カート・ヴォネガット『スラップスティック──
 または、もう孤独じゃない!』ハヤカワ文庫、1983年


孤独と衰弱に瀕する終末的世界において、天才的な双子が生み出したちょっとしたアイディア──ミドルネームによる家族拡大計画──が、人々に希望を与える。日本社会でも試してみると、意外と上手くいくかも。ハイホー。