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神話16 『大いなるセツの第二の教え』
『ナグ・ハマディ文書』より
■1.序文

 「あなたがたの内にいるのは私であり、あなたがたは私の内にいる。ちょうど父があなたがたの内に悪意なくいるのと同様に」。このような言葉にしたがって大いなる光の中で憩うことこそが正しく、キリスト共に死ぬことは奴隷になることに他ならない、と冒頭で主張される。

■2.キリストが可視的世界に降臨する

 可視的世界とそこに住む者たちは、「悪意の欠如ゆえに娼婦となっている」ソフィアの意志で準備されたものである。ソフィアはそこに住む者たちのために、物質的な諸元素から身体を造り上げたが、彼らは空しい考えに陥り、住み着いた家(身体)の中で破滅してしまった。彼らは再生の言葉を待ち望んでおり、それを知ったプレーローマの神々は協議して、彼らのためにキリストを下降させることを決定する。

■3.アルコーンたちの動揺

 身体の中に入りこみ、人間となったキリストの姿を見て、アルコーン(支配者)たちの大群は混乱した。なぜならキリストは、アルコーンたちが支配する諸天よりさらに上から来たからである。世界全体に大きな混乱が、そして騒動と逃亡が起きた。動揺したアルコーンたちの離反を恐れたコスモクラトール(造物主)は、「私が神であり、私以外に他の神はいない」と言ったが、キリストは彼の空しい思いこみを笑った。自分が創造したのではない人間を目にしたコスモクラトールは、「人間とは何者か」と問うた。

■4.キリストが捕縛される

 キリストを恐れたコスモクラトールとアルコーンたちは、「彼を捕らえよう」と決議する。アルコーンたちの計略に対して、キリストは、「彼らの計略の通りには争わなかった。私は全く苦しめられなかった。あの者たちは私に懲罰を加えたが、私は現実に死んだのではなく、見かけにおいてのみ死んだのである」。アルコーンたちはキリストを捕らえて磔刑に処したが、実際に十字架を背負い刑に処せられたのは、シモンという男であった。キリストはこの光景を上から眺め、アルコーンたちの無知を笑っていた。

■5.キリストの変容

 実にキリストは、その「形を変え続け、次から次へと姿を変化させていた」。キリストはそれによってアルコーンたちを欺き、彼らの頑なさと妬みを踏みつける一方で、下の部分に隠されていた大いなるものの子(霊的種族)を「新婦の部屋」の高みへと引き上げた。

■6.終末と救済

 キリストがプレーローマ界へと帰昇する際には、振動が地の混沌を襲い、地下で眠りについていた魂たちは解き放たれ、復活する。キリストに属する者たちは、彼の思いを多くの言葉なしに理解し、アルコーンたちの解消について計画を立てた。

■7.虚偽を笑いものにする

 キリストは、真理に属さず虚偽にまみれた者たちとその教説を次々と列挙し、「笑いもの」にしていく。その対象は、アルコーンたち、アダムやモーセ、旧約の預言者たちである。彼らは自らがプレーローマ界に存在する原型の「模倣物」に過ぎないことを理解しておらず、数々の誤謬を犯す。「目の見えない者たちよ。あなた方は、自分たちの盲目性を見ない。彼(キリスト)は知られていなかったのである。彼は一度も知られなかったし、理解もされなかったのである。彼について、彼らは力ある告知を聞かなかった。それゆえ、彼らは迷いの裁きを下すために奔走し、汚れた、人殺しの手を彼にかけた。まるで空気を打つように。そして愚かな者たち、目の見えない者たちは常に愚かであり、常に律法とこの世的な恐れの奴隷である」。

■8.キリストを見る者たちの一致

 キリストの真実の姿を見ることができないものたちが、その偽りの姿に翻弄されるのに対して、キリストを見る者たちのあいだには一致がもたらされる。キリストはまずプレーローマ界においてその姿を示し、アイオーンたちに統一をもたらした。それは天上における「霊的な結婚」、「穢れのない結婚」として成就したのである。またそれは、天より下にある場所(可視的世界)でも実現した。「救済において、分裂のない状態において私を知った者たち、また父の栄光と真理に向けて生きた者たちは、世から分けられた後、活ける言葉によって、一者において整えられた」。
[出典]『ナグ・ハマディ文書Ⅳ 黙示録』
荒井献・大貫隆・小林稔・筒井賢治訳、岩波書店、1998年