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11.01.23 母娘関係の難しさ
▼昨年の暮れのことになるが、母親と娘のあいだに生じる葛藤について論じた、二冊の本を読んだ。信田さよ子氏の『母が重くてたまらない―墓守娘の嘆き』と、斎藤環氏の『母は娘の人生を支配する―なぜ「母殺し」は難しいのか』。これまで自分が知らなかった視点を教えられ、大変興味深い内容だった。

▼信田氏さよ子氏はカウンセラーで、斎藤環氏は精神科医。ともに心理的な臨床に携わる二人が論じているのは、現代の家族において、もっとも問題が生じやすいのは、母親と娘のあいだの関係であるとのこと。

▼従来の精神分析では、いかにして主体が父親という「壁」を乗り越えるかということに焦点を当ててきたが、両者によれば、現代においてはむしろ、母親という「重力」からいかに離脱するかということの方が、むしろ重要なテーマであるとのことだった。

▼私の理解できた範囲で言えば、この問題は、戦後の日本において急速に進行してきた「核家族化」と密接な関係がある。それまでの社会において、家庭は「小さな社会」であったが、家族構成の変化、建築方式の変化によって、家庭は徐々に閉ざされた「密室」へと変貌した。

▼核家族化の影響は、家族のすべての構成員が被っているが、そのなかでも一番大きな影響を受けたのが、おそらく母親であった。なぜなら母親は、家庭という「密室」のなかに、もっとも長時間閉じ込められることになったからである。

▼学校を卒業した後、就労もせず、すぐに結婚して家庭に入った女性は、ほとんど社会と触れ合わないまま、「密室」のなかで子どもを育ててゆくことになる。社会に十分接した経験がなく、大人として成熟していない母親が、孤独に育児にいそしむということが、日本社会において常態となった。

▼このような状態に対して、現代の母親は、表現しようのないフラストレーションを内に抱え込むことになる。そして先の二著によれば、母親のフラストレーションは、何より娘に対して向けられ、母親は無意識的に、娘が社会に出て行くことや、大人として成熟することを阻害するようになるという。

▼あらためて言うまでもないことだが、この問題については、十分に社会化していない母親を責めれば済む、という話ではない。われわれの社会が構造的にこのような問題を抱え込んでいるということを、一人でも多くの人が自覚する必要があると、強く感じさせられた。